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2018.08.01

蝉の声

 残暑お見舞い申し上げます。連日の猛暑に辟易しておりますが、皆様はお変わりなくお過ごしでしょうか?

 

 毎年この時期になると、蝉の声、そして強い陽ざしの中に燻る煙と共に、亡き人に思いが馳せます。2年前の8月、大切な人を二人続けて亡くしました。ソウルメイトと主人の母です。二人とも以前から病気でしたが、実際に亡くなるイメージがまったくわかず、永遠ではないけれど先の話、勝手に決めこんでいました。個人的なことを話せばきりがないので割愛させていただきますが、同年代である友人の死を目の当たりにして率直に感じたことは、強烈に悲しい反面、きっと現世での仕事を早々に終え、飛び級で次の世界に行ったのだ・・・「先に行って待ってるから!中尾さん、もう助けてあげられへんけどがんばりや!」そんな声が聞こえたような気がしました。誰かが先に行って準備する大切な志事があるから、いつものようにその大役に身を挺して率先垂範、迷わず手を挙げたんだ・・・そんなシーンが走馬灯のように浮かびました。その時ふと、じゃあ、この世での私の仕事は何?そんな命題にふわっと包まれました。両肩をポンっと優しくたたいてもらったような温かい感覚。

 

 次に母ですが、母は不思議な人で、普通、長男の嫁として最も迎えたくない、私のような仕事サイボーグを大変かわいがってくれました。というより私を認めてくれました。結婚してから母が亡くなるまで、ついぞ一度も世間でいう嫁姑問題を経験することなく終わりました。遅くに家に行くと、ご飯を作ってくれビールをついでくれました。脳梗塞で倒れてからは、主人のお姉さんが自分の仕事を辞めて、献身的にお世話をして下さり感謝でいっぱいです。私が行く度に、「仕事があるだろうから、大丈夫だから、早くもどり、一広を頼むよ」とだけ言われました。故にお別れの時誓ったことは、「一広さんを一生支えます。安心して下さい。」何が言いたいのかというと、私を取り巻く全てのことが、諸手を挙げて私のやるべき仕事を応援してくれているということ。皆の祈りがこもっているということ。そこに邁進していい人生なのだということを、母の死に際し改めて感じた次第です。

 

 ある本で読んだ一説が思い起こされました。私たちは40億歳、地球とともに脈々と受け継がれた命、固体生命としてはせいぜい寿命100歳ですが、私たち一人一人は各々時代を一歩前に進めるために生まれてきました。私が今している仕事の意味は、自分の仕事を発展させることを通じて、時代を一歩前に進めること。死について何ら考えがなく、死に対して何ら腰の定まらないうちは、その人生はまだ真実とは言えない。自分の使命に生き切った・・・そんな、人間の生き方として最高の燃焼度に達した生き方をしたい・・・大切な人の死に際し、そんな風に思ったことを昨日の様に思い出します。

 

 死生観といえば大げさかもしれませんが、自分の身に起こることは必ず何かの思し召し、毎年蝉の声に誘われ、心残りのない死を迎えられるよう、生き方を省みる大切な時間にしたいと思います。

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