2009.12.01
今年も人格を高めることなく終焉を迎えようとしています。
しかし、今年ほど良い人間になろうと、もがき苦しんだ年はありません。アルコール中毒患者や覚醒剤中毒患者の気持ちがわかるような気がします。
強くそう願いながらも、結局本能に負けてしまいます。
改善しよう・・
自分のことは後回しにして、人のために尽くす人間になりたい。
その気持ちに嘘はありません。
我田引水の田でとれるお米は、家族で食べる量が限界です。身近な行動目標として、社内外問わず、できる限り人のお世話をする。
自分の都合、つまり私心で物事を考えない・・
そう掲げました。
1年間実践しましたが、心の奥底から湧き出るような自発的な気持ちというより、むしろ「何で私が・・」そんなネガティブな発想をぬぐい去ることができていません。
心がきれいな人には汚いものがみえない・・汚いものが見えるということは己も同類だと悟る必要があります。自分自身に奉仕を喜びとする気持ちに反する本心があるから、世話をしてもらって当然の人を容認できません。
まったく修行が足りていません。
ただ、心が汚くてきれいになりたいと、心から切望する人でなければ、わからない痛みもあるはずです。
なぜなら、心が汚いのにきれいになることは非常に難しく、その望み自体が神様から与えられた試練だからです。本当の人格者は前世でその修行を完結したに違いありません。
『才を徳で制する』という言葉を思い出しました。
周囲を見渡せば、神様から与えられた才能を私物化している人がほとんどです。私は人並み外れた才を持ち合わせていませんが、凡人の才を制するだけの徳さえ持ち合わせていないようです。
残念ながら、人格を高めるという目標は来年に持ち越しですが、もがき苦しむ覚悟だけは備わりました。
引き続きチャレンジします。